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私が「本質はみんな良い人」と思えるようになった理由
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    みなさん、こんにちは。

     

    昨日は大雪でしたね。

    ここまで来ると、本格的に寒い!

     

    空気も乾燥しているので、風邪には十分お気をつけくださいね。

     

     

     

    さて、今日は前回の補足をちょっと。

     

     

    前回、私は「本質はみんな良い人」という前提を持って、

    人を観ることが出来るようになってきたと書きました。

     

     

    が!

     

    「何でそうなれたのか」という部分を書き忘れ・・・

     

    ここが大事なんじゃん!と、自分にツッコミを入れまして、

    今回新たに書いていこうと思いました^^;

     

     

     

     

    何で「みんな良い人」という前提を持てたのかと言うと、

     

    ずばり

    「悪い人は自分で創り上げていたことがわかったから」です!

     

     

     

    どういうことかというと・・・

     

     

    IRMの5つの法則の1番目に

    「現実を創造している自覚を持つ」というのがあるのですが、

    感情学修をコツコツやっていくと、これがどんどん持てるようになってきます。

     

    初めは信じられないかもしれませんが、

    「現実は100%自分が創り上げている」ということです。

     

    どんなに嫌な人も、逆にすごく好きな人も、

    全て「自分がそういう人だと観えている、感じている」という意味で、

    自分で創り上げていると言えるんです。

     

     

     

    これは、眼鏡で例えると分かりやすいと思います。

     

     

    汚れた眼鏡をかけてAさんを観て「あの人汚い、嫌な人」と思う、

    磨かれたきれいな眼鏡をかけてAさんを観て「あの人綺麗、良い人」と思う。

     

    Aさんは何も変わっていないのに、

    ただ眼鏡が違うだけで感じ方やどういう人なのかも変わってしまう。

     

    眼鏡は自分で好き勝手にかけ替えることが出来るものなので、

    自分の好きな眼鏡をかけて観ることが出来る=現実は自分で創っている

    となるんです。

     

     

     

    ただ、感情学修をして全肯定、感情の浄化等を繰り返していかないと、

    なかなかこれを賦に落とすのは厳しいかもしれません。

     

    何度も繰り返しやってきて、

    無意識にこういうことをしているだけだったんだな〜と分かってきた感じです。

     

     

     

     

    ちなみに、この眼鏡が、無意識に持っている価値観になります。

     

    こういうときにそれをやるって最低!と思って、

    「あの人は嫌な人だ」と認定するときは、

    自分が無意識に持っている「こういう時はこうすべきだ」という価値観と

    逆のことをされているということがほとんど。

     

    これの逆で、

    「こういう時はこうすべきだ」という価値観の通りに行動している人を観たら、

    「あの人は良い人ね」となる。

     

    自分の持っている価値観と合うか合わないかで、

    目の前の人が「良い人」か「嫌な人」か、変わってくるんですね。

     

     

    こういう価値観というフィルターを通して、

    自分で勝手に良い人か嫌な人かを決めているだけであって、

    フィルターさえなかったら、目の前の人は「ただの人」になるわけです。

     

     

     

    この価値観というフィルターの仕組みが、

    感情学修でどんどん腑に落ちてくると、

    目の前の人に一切問題はなく、自分の観方が問題だったと分かってきます。

     

     

    でも、これだけだと、まだ「ただの人」どまり。

     

    ここから更に「本質はみんな良い人」と思えるようになるには、

    感情学修でちゃんと学びやギフトを得て、

    「私にこんなことを教えてくれる為に、嫌な役回りをしてくれていただけだった!」

    と、感謝まで湧くことが大事なんです。

     

     

    感謝まで湧いてくるようになると、

    IRMで学ぶ真理の一つである

    「24時間365日、他人や世界が

    真の安心(絶対安心)や真の幸福(絶対幸福)になるための

    エネルギーを提供している!」

    ということが、これまたどんどん腑に落ちて、

    周りにいる人たちはみんな、私を幸せにしてくれる良い人なんだ〜!

    と思えてくる。

     

    こうなると、

    「本質はみんな良い人」という前提が持てるようになるんですね。

     

    嫌な人だと思ってしまうのは、

    自分の眼鏡(価値観)のせいであって、その人自身の問題ではないんだと。

     

     

     

    でも、この前提を持っていたとしても、

    感情が出るのは反射のようなものなので、デトックスは出まくってますけどね。

     

    出るけど、以前のように感情に飲まれるようなことはなく、

    自分の中の何の価値観に反応したんだろう?

    どんな眼鏡をかけてしまっているのかなという感じで、

    すぐに感情学修に入れる。

     

    このあたりが変わったなと思える部分です。

     

     

    デトックスはネガティブな感情のことだから嫌なんだけど、

    これでまた何かギフトを得られるんだ、

    これはチャンスだ!ラッキーだ!と思えるようになれるのも、

    IRMのすごいところだよなと、改めて思います。

     

     

     

     

    と、ちょっと話がずれた感じもありますが、

    こんなわけで、「本質はみんな良い人」という前提が持てたよ、

    というお話でした。

     

     

     

     

    ここまでお読み頂きありがとうございました。

     

    それでは、今日もハッピーな一日をお過ごしください。

     

     

    posted by: 間野智子 | IRMからの学び | 20:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - |