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きっかけはすごく些細なこと
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    今日は、最近気づいたことについて書きたいと思います。

    私は今iphone4の8Gを使っているのですが、
    OSをバージョンアップしてからすごく動きが遅くなってしまいました。
    アプリを使っている時に固まって落ちたり、文字入力の反応も遅くて
    表示されるまでに数秒かかったり・・・

    ある時友人にメールをしようとして打っていると、
    入力が全然反応しなくてものすごく時間が掛かってしまいました。

    結構夜遅くなってしまったし、他にもメールしたい人がいたので、
    とにかく早くしたい気持ちが強くてどんどんイライラしてきました。
    「んもー!本当にイライラする!」と言葉にしてしまう位で、
    私は一緒にいた友人にあたるようになっていました。

    そんな感情がコントロール出来ないで人に当たる自分も嫌で、
    更にイライラ・・・
    「このままじゃ良くない!」と思って、すぐに自己観察しました。

    何が嫌なんだろう?
    −相手に当たる自分が嫌。
    なんでそれが嫌なのかな?
    −相手に迷惑だから。私が乱れている所を見せるのは良くないから。

    等、いろいろ考えて、出て来た価値観は
    「私は人前で悪い感情を表に出してはいけない」でした。

    えっ!?という感じでした。
    デトックスが出ている姿を人に見せてはいけないと思っていたなんて。

    なにそれ!?って結構衝撃的でした。
    だって、2年近くIRMを学んできて、デトックスはラッキーで
    美しくなることだって、よーくよーく分かっているはずなのに・・・
    実際にはその逆のことをしていたんです。

    「感情は出し切った方がいい」だの「止めない方がいい」だの、
    このブログにも偉そうな事をいっぱい書いてきたけど、
    本当の私は全然出来ていなくて、
    むしろ出てくるデトックスを抑えようとしていました。

    あ〜、全然分かっていなかったな。
    というか、全然腑に落とせていなかったんだなって思いました。

    で、その価値観を持つようになったきっかけを考えました。
    浮かんで来たのは幼少期の記憶です。

    幼稚園の頃の私はとにかく泣き虫で、
    何か少し感情が悪い方に動いただけで泣いていました。
    幼稚園に着く直前に泣く。寝起きに泣く。
    自分でも何で泣いてしまうのか全然分からなかったのですが、
    そんな毎日のようにビービー泣く私を、父は快く思っていませんでした。
    私は、泣いている私を見て不快な表情をしている父を恐怖に感じました。

    ある時親戚と一緒に大勢で海に遊びに行きました。
    すごく楽しかったのに、私はまた昼寝から目覚めた時に泣いてしまったんです。
    それを見た父は「何でこんな時にも泣くんだよ!イラついてしょうがねぇ!」
    と怒鳴りました。
    その時に私は「自分でも泣く理由は分からないけど、分からないなんて言ったら
    またお父さんが怒るかもしれないから、伝えないで黙っていた方が落ち着くかも。」
    と思ったのです。

    そこから「気持ちを出さないで大人しくしていること=怒られない方法」になり、
    「他人を怒らせない、いい子でいなければいけない」という価値観とペアで、
    この気持ちを出さない価値観が育っていったのだと気付きました。

    「人前で乱れたりしない、いい子でいること」を最大の処世術として、
    私の中で根を深くするように、どんどん勝手にその価値を高めていってしまったのです。

    あの頃私は父を恐怖の対象にしていたけど、
    そんな怒ってばかりの父ではありませんでした。
    いつもは優しくてたくさん遊んでくれる、とっても良い父だったんです。
    今思うと子煩悩だったと思います。
    父は私に笑顔でいて欲しいのに、
    そう出来ない自分にイライラしていたことだって考えられます。
    私のことを心から嫌いだから怒っているなんてことはありませんでした。
    恐怖に思うような父ではなかったんです。

    でも、父のたった一言、ほんの一瞬の表情で、私の価値観は出来上がってしまった。
    そして、その他たくさんの良い部分を忘れて、これだけが育ってしまったんですね。
    こんな些細な出来事が、こんなに大きな価値観になるなんて信じられないけど、
    私は今の今まで無意識にこれを持ち続けていたんです。

    この価値観があったから、もしかしたら私は今までずっと
    感情をちゃんと出せていなかったかもしれません。
    ということは、これを本当に手放せて感情を自由に出来たら、
    自己観察でもっともっと浄化しやすくなるかもしれない。

    今までもったいなかったなと思う部分もあるけど、これから出せるようになったら、
    どんな浄化が待っているんだろうってワクワクもしてきました。

    ある意味これは自分の気持ちを無視してきたとも言えるから、
    それが中学時代の「無視される」といういじめで還って来たんだと気付けて、
    またまた腑に落ちてしまいました。
    (プログラム受講中のセッションでも同じようなことを言われたと後から思い出しましたが、
    先生に導かれて「なるほど」と思っても、きっとちゃんと腑に落ちてはいなかったのですね。
    今回自分で気づけた感じになってようやく納得した感じがします。今更ですが・・・)

    日常にありふれたものすごく些細なデトックスから、
    ここまで自己観察出来るなんて・・・自分で自分に感動です!(笑)
    これがIRMのすごい所なんですね。

    自分の中にある凝り固まった価値観に気づく入り口は、
    どこにでもあるということ
    です。

    そして、その価値観を持ったきっかけも、実はものすごく些細なことだったりします。
    まさかそんなことで価値観が出来たの!?ということもたくさんあります。
    そんな些細な事なら、いつまでも握りしめている必要はないですよね。

    自分の感情に気づかない位にブロックの強い人ほど自己観察をやっていったら、
    感情を自由に出来て苦しさが減るのではないかなと思いました。

    感情が大きく動き過ぎて苦しい時はもちろん、
    感情が大きく動かない人にも自己観察をやってみてもらいたいなと思いました。

    きっとブロックが取れて、本来の自然な自分が出てくると思います。


    お読み頂きありがとうございました。
    それでは、今日も素晴らしい一日をお過ごしください。
     
    posted by: 間野智子 | IRMからの学び | 22:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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